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子のいる生活 

旅するアート食人

祖母のこと

祖母が亡くなりました。

同じく90歳を超えて亡くなった祖父の死から
7年目の出来事。

背が小さくて、背骨が曲がっていた祖母。
農家の嫁として、昨年の冬に入院するまでは毎日毎日
畑のことばっかり考えて生きていた。たぶん。
入院中も「帰りたい、帰りたい」を連発していた
らしい。


「優しいおばあちゃん」というよりは、つっけんどんだし、
品はないし、言葉は悪いし。
帰省してひ孫の顔を見せに行っても、畑から動かなかったり。
基本かわいくないのだ。


それでも、私が里帰り出産のために帰省したものの
予定日を過ぎてもなかなか産まれなかったとき、
「まだかい?」と毎日のように電話してきたり。
そんなことははっきり口にしないけど、
ああ、楽しみにしているのか。
そういう気持ちはちゃんと持っている人なのか、
とそこで気が付いた。


とはいえ、産まれたひ孫をみても、一般的に思い描く
おばあちゃんの反応などしないんですけどね。


それが祖母。
なので、腹立たしく感じることもあったし、母との嫁姑関係も
ちょっと特殊だったと思う。


コミュ力がないというかなんというか。
人のことは気にしない。マイペース。
悪気はない素っ気なさ。それが素の姿なんだろうな。
でも、「そういう人」ってみんなが諦めていた(笑)


「サイテーの母親だ」なんて笑いながら言っていた父は、
祖父の死後、毎週祖母を買いものや病院に連れて行ったり、
何かと面倒をみていたので、憎まれ口を叩く相手が
いなくなってさみしそうだった。

 

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祖母の生きていた世界は、家と田んぼと畑と町内だけの
とっても狭い世界。
幸せだったのだろうか。楽しみってなんだったのだろうか。

飛行機に乗ったことなんてあったのだろうか。
エレベータだって乗りなれていないから、扉が
閉まってしまうのがこわくて慌てて乗り込むくらい
なのだから。

まともに化粧をしている顔なんて見たことがなかったから
出棺の際、納棺師に整えてもらった死に顔をみて
「キレイだなあ」と思った。
日焼けで浅黒くてシワシワの顔が私の中の祖母の顔だったから。

小さい祖母は火葬にかかる時間がとっても短かった。
あっけなく逝ってしまったけど、なんだか怖くない
仏さんだったなあ。

バイバイ、おばあちゃん!!

写真は祖母のホーム、畑での90歳差交流。