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子のいる生活 

旅するアート食人

「家事ハラ」のこと

昨日Facebook上で流れてきたこの記事。「妻の家事ハラ」を65.9%の夫が経験 - 「やり方が違う」「不経済」 (マイナビニュース) - Yahoo!ニュース

 
うちだけじゃないでしょ!という意味を込めてだんなさんに見せたら、ちょうど職場でもその話題になったとか。
 
「「家事ハラ」はやめてね!」なんて調子に乗っていましたが、こんな表現使うこと自体がそもそもなんなの?と思う。
 
 
過去に、だんなさんがやった家事に対してダメ出ししたことは数知れず。
その度に、「やってあげたのにそんな風に言われたらやりたくなくなる」とか、「もうやらない」とかケンカになるわけですが、そもそも「やってあげた」というレベルなわけですよね。
 
気楽だなぁと思う。
 
この記事でも「手伝う」という表現が使われているので、そういう感覚のうちはダメ出しされても仕方がないのではないかと思うのです。
対等じゃないんだもん。
 
 
家事に求める基準というのはその人の考え方や育った家庭環境によりまちまちで、そんな2人が結婚して一緒に暮らすようになれば価値観の違いが目に見えてくるのは致し方ない。
 
 
私自身、理想はホコリ一つなくムダなものがないキレイに片付いたお部屋。そして、整然として好きな食器に囲まれた機能的なキッチンでお料理がしたいわ〜なんて思うわけですが、まぁ現状ほど遠い。
 
だんなさんにそんなレベルは全く求めていない。
 
求めているのは『最低限』なのですが、そこの感覚がそもそもズレているのです。
 
 
洗い物をしてくれるのはありがたい。でも、洗ったものが油でベタベタだったり。固まったごはん粒やソース的なものが付いたままだったり。
 
その程度の精度かと。
 
で、どうせやってくれるのならばこれはこうして…と口に出すと「せっかくやったのに!」となるわけです。
 
 
 
そして、これだけ共働き世帯が増えているとはいえ、世間の目というものも変わっていない。
 
 
仮に、油でベッタリしたグラスをお客様にお出ししてしまったら、それを用意したのがだんなさんであったとしても、「あそこの奥さんって…」となると思う。
 
例えば、乾燥機にかけられてシワシワの服をだんなさんがセレクトして子が保育園に着ていった場合でも、「あそこのママって…」となる。
 
負担割合に関わらず、家事の総監督は妻とみなすのがまだまだ世間一般の見方だと思うのです。
 
そこが変わらない限りは、口出しはするなぁ。
 
ただ、2人が共通認識できるある程度の基準は必要だと思うので、食器洗いであれば「お客さんに出せるかどうか」、「子に着せて恥ずかしくないか」など、何かしらの指標を持つといいかもしれませんねー。